| ヒトラー 独裁者の魅力++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ヒトラー 独裁者の魅力 | |
”偉大なる総統閣下”アドルフ・ヒトラー Adolf Hitler |
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| ■ヒトラーをパーキンソン似症候群にした医師 | ”ヒトラーの侍医” |
| モレルの薬物療法でヒトラーの体は次第に蝕まれていった ヒトラーは健康に非常に気をつかった。父親が大酒のみで、タバコをやり健康を害して死んだことが脳裏にあったのかもしれない。彼は、青年時代に禁酒をし、タバコもやらず、宴会では常に専用の野菜料理のみを食べていた。その彼の侍医を1944年やっていたのが、Theodor Morellという奇妙な医師である。 彼はヒトラーの友人で写真家のHeinrich Hoffmannの病気を薬で治したのをきっかけに知り合いになる。ごますりのうまいデブの医者で、注射を異常に好み注射の信奉者であった。ヒトラーが疲れると、注射をうち、気がめいると興奮剤を与え、眠れぬときは鎮痛剤を与えた。こうして多いときには28種もの丸薬がヒトラーに処方された。 医者や周囲の人たちは、モレルの処方に疑問抱いていた。麻薬に近いベラドンナと猛毒のストリキニーネが入っていて、量は安全基準を越えていた。医師の忠告に対し、ヒトラーは逆に忠告した医師たちを自分の医者のリストからはずしたりした。 1943年54歳のヒトラーは少なくとも10歳ふけて見えた。顔はやつれ、血の気は全くなく、眼は疲労で輝きを失い、姿勢は前かがみで、歩くときは床をひきづった。左の手足は震え、この震えを抑えるために左足で身近の家具をつっぱり、右手で左手をつかんでいた。気分はむらで怒りっぽく、いきなりものすごい勢いで怒るのであった。 このように手足の震えや精神的な自制力の喪失はパーキンソン病に似た症状で、もちろんスターリングラードでの敗北で精神的ショックが大きかったことも確かだが、恐らくモレルの薬物療法も大きな原因と考えられている。モレルは総統ご推奨と称する特許薬を販売してかなりの利益をあげていた。1944年お払い箱になり戦後48年まで生きた。 |
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| ★《あなたの心の鉤十字(ハーケンクロイツ)をもっと正直に認め、堕落から解放されなさい》★ | |
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